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きょうは一日じゅう雨で読書と昼寝のなまけ日曜日、「カラマーゾフの兄弟」[amazon]、「謎とき<カラマーゾフの兄弟>」[amazon]、「ドストエフスキーの詩学」[amazon]を読了。「カラマーゾフ」、やっぱり「罪と罰」「白痴」のさらに一段上いく迫力。とはいえ10代のときはイワンにいちばんリアリティを感じたのに(シェストフまで読でたもん)、いまやポルフィーリィよろしく「もうおしまいになった人間」としてイワンの「大審問官」をいたましくもいとしく読むじぶんがサミシイ(笑)。つくづく年をとりました(しみじみ)。…こうしてバフチン推奨のごとく<イデー小説>としてより(登場人物の語る内容にとらわれるより)、<ポリフォニー小説><カーニバル小説>として読む(多数の話者の対話のもたらす力学や場の混乱を読む)という読み方に自然となってしまったんであった。もちろんそれぞれ語りまくる登場人物たち、そして異様に緊張の高まった対話のある瞬間、突然、懐疑や韜晦を突き抜けて「言葉が思いがけなくも真実のレベルへ突入する(バフチン)」カタストロフの瞬間にひどくうたれるわけだけれど、でもそれでは長年いっとう好きな作家と思ってきたドストエフスキーとしては何かがたりない…と思った矢先、意外なところで<イデー読み>ができちゃったんである。なんとゾシマ長老=アリョーシカの手記にくらってしまった(笑)。かつては「大審問官」への返答としてはあまりに紋切り型の言葉で弱いと思ったものだけど、ちゃんとイワンの「春に芽を出すあの粘っこい若葉、青い空」への渇望に応えていたんでありました。 「謎とき…」は今回も歴史的背景の読み解きが面白かった。「…詩学」は根性無くてあまりきちんと読めなかったけれど、ムイシュキンとアリョーシカの発話の特殊性について述べたところが面白かったです。「ドストエフスキーの構想によれば、主人公が自分自身についての真実に接近し、他者と和解し自分本来の真の声を獲得するとき、彼の文体と語調は変化しはじめる」。ムイシュキンとアリョーシカはともにこの接近へと相手をストンと落とし込む「初めから心に染み透る言葉の持ち主」なんである。そんな発話能力をもつ故に子どもたちに慕われ、年長者たちに愛されたアリョーシカが皇帝暗殺の首魁となると構想されていたという「カラマーゾフ」第2編、イワンよりもスタブローギンよりもはるかに手強いアリョーシカ、そんなのアリ?と半信半疑ながら、読んでみたかったと思ってしまう。やっぱドストエフスキーは<イデー読み>もしたいよな。
by calico5
| 2008-06-29 23:46
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