月兎社のモト
by calico5
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2010年 05月 02日 ( 1 )
羽田ロード。
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うってかわって快晴の5月!お天気だったら無計画でも無問題(笑)。京浜線・大鳥居で下車して多摩川へと向かいました。スカーとでかい大師橋。川向こうは川崎です。
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橋の上で晴れ晴れしたのち、羽田側にもどって羽田水門。空港との連想で新しい地名かと思っていた「羽田」だけど、このあたりは江戸時代から「羽田村」といったそうです。「ハ」は端っこの「ハ」、「ネ」は川の運んできた土をあらわす「ネ」、「羽田という地名は、多摩川が運んできた土砂が形成した土地《ハネ》に作られた田《タ》ということになる」のだそうな[LINK]
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穴守稲荷。さいしょ境内に入ったときはなんだかフラットな神社だなあと思ったけれど奥の方にいたって、どひー。奥宮はコワすぎて撮れません(笑)。ヒントはコチラ[LINK]
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ちいさい路地をワクワクめぐって海老取川にでます。船が繋留されたのんびり河口。なんかこのへんに住んでみたくなっちゃった。
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戦前のこのあたりはこんなだったそうです。現羽田空港があるのは元の穴守稲荷の境内の一部で、このあたりは穴守稲荷、海水浴場、プール、競馬場でにぎわう明治・大正のウォーターフロント行楽地だった由。しかし昭和6年に開場されていた東京飛行場を、敗戦の昭和25年アメリカ占領軍が接収、空港拡張のために付近住民は48時間以内退去を命じられ(んな無茶な)、穴守稲荷も退去させられてしまったのでした。今の穴守稲荷は場所をかえて復興されたもので、穴守稲荷のHPをみると戦前の規模にびっくり。この富士塚の巨大さとか、奉納鳥居の度はずれた物量とか、江戸の遊楽地の突飛好きに応える可笑しさが受け継がれてる感じです[LINK]
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天空橋を渡って羽田の赤鳥居。撤去しようとした米軍に祟ったというので有名なあれですね。
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春の海のたりのたりかな。…ここでやめときゃお散歩なんだけど、こっからジゴク?のロード。
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あれ?空港ターミナルまですぐいけそうじゃん?とモノレールの下を歩き出しましたが、近づいてみたら、ガーン!見えてたのは2010年10月完成予定の羽田「国際」ターミナル。こーれはマイッタ!と思いつつも、モノレールも新ターミナルを通過するルートに変更する工事をしていて興味津々。
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チビのころから大好きなので、モノレールがあればゴキゲンなんだけど、
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あああ、羽田空港トンネル。そうでした。モノレールさいごはトンネルに入るのだ。(入り口のデザインかっこいいケド)。
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665m、マジ?
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クルマの轟音と排気ガス、ホコリでかなりキビシー!
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地上!第1ターミナルゥ!
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空港敷地内のマンホールは「航空局」仕様でした。
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イカス!
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ターミナル屋上で「空弁」焼きサバ寿司弁当を食べてモノレールで帰路。
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歩いた道を乗り物から観るのが楽しいのサ!…てなわけで本日のルート[g-map]
モノレールがかなーり好きな方にのみおすすめ?

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と、大満足&足ガクガクになって帰って、穴守稲荷のことを検索していて「珍寺大道場」さんサイトに出あってさらに面白いことに[LINK・奥の宮の写真もあります]。赤鳥居のところでちょっと気になっていた、海老取川が多摩川に交わる点にある小さな小屋の事が書かれて、おおー、となりました[g-map]。「五十間鼻無縁仏堂」。五十間鼻とは多摩川の水が海老取川に逆流するのを防ぐための築かれた五十間(90メートル)の石の堤で、鼻のようだということで「五十間鼻」という由。その上に建てられた祠が「五十間鼻無縁仏堂」で、「震災や空襲においては大勢の死者がこの多摩川河口に流れ着いたという。この仏堂はその水難者を供養しているのだ」とのこと。…それで、確か江戸の町のすさまじい土左衛門事情についての話を読んだことあったなあと記憶が甦り、本棚を漁ってみつけました、氏家幹人先生のエッセイ「水の都、屍の都」(「大江戸曼荼羅」所収)。
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水路都市江戸には水死体や水生体があふれていたというお話。朱い紐で結ばれた美しい男女の心中死体が流れてくると見物船がでたとか、生きたまま戸板に縛り付けられた全裸の女が「板をひっくり返すか、さもなくば助けて!」と泣き叫びながら流れてゆくのを、船頭たちは皆かかわりになるのをいやがって見送るのみ、板は翌朝築地を漂ったのち見えなくなったとか(「東海道四谷怪談」の<戸板返し>って時事ネタだったんだね)、おそろしく江戸っぽい逸話の数々。
さて、ヒトが流れてきたとき、どのように対処すべきと辻番人たちに申し渡されていたかというくだり、「大名屋敷近辺、ひごろの巡回範囲、お堀で水死体をみつけたら即座に目付に届けて指示を仰ぐこと」、「ただし<汐入/海水が流入する堀や川>においては、いったん水死体を突き流す」「それでも流れないようならば目付に届けるべし」(同書p.360-361)。…まさに五十間鼻は汐入だから、土左衛門突き流しポイント。無縁仏堂は震災や戦災よりずっと前、江戸時代からあったものかもしれないなあ、と思ったことでした。あっけらかんと晴れていましたが、此処から先は土左衛門も人外と化す江戸の境界域であったのかー。

羽田についてとてもおもしろかったサイトはこちら[LINK]
そして「大江戸曼荼羅」、久しぶりに取り出しましたが、表紙に列挙された執筆先生方のお名前に溜息でちゃった。なんという猛者ぞろい。この方たちの江戸研究の精髄をおいしいとこどり、珍しい図版をオールカラーで掲載しているというバブル末期の爛熟本。ハゲシクおすすめです[LINK]
by calico5 | 2010-05-02 16:40 | ぶらぶら