
荻窪の北側をぶらぶらしているともとは川だったと思われる道がたくさんあるんだけど、歴史看板(?)があっていまはなき天沼弁天沼から湧き出す水脈、桃園川だったってことを知る。弁天沼はとつぜん涸れてしまった由。そんでいまの「教会通り」はかつて「弁天通り」だったんだって!ひえー。神の交代!…でもいまの教会通りのたたずまいって、「弁天通り」のほうが納得の風情だよなあ。夏の夕暮れ木のサンダルでカタンカタンいくのが似合うようなさ。
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てなわけで失われた水脈をたどって東中野神田川までぶらぶら。みどりばくはつ家屋はっけん。すげー。